素直に愛せない人の処方箋

素直に愛せない人の処方箋

  1. 目次


1,愛するというより愛されるということを欲していないか

 

最近友達と話していると彼女がいないからと冗談半分で彼女もいないくせに

「俺は人を愛せないたちらしいし、一生独身かな」

なんてことをぼそって言う。

彼はおそらくこう考えていると思うだろうか

 

人から愛されるためには自分から愛さなければならない、と

 

一見この発言には自分から積極的にアプローチすることで愛されるといいように解釈できるけれども、

実際は愛されるために愛するのではなく

愛されたいから愛するになっている

「愛される」と「愛されたい」は全く質が異なっている

愛されるのは「結果」であり

愛されたいは「欲望」である

日本人は愛されたい症候群の人間が多いと思う。

もちろん僕もそうだ

愛されたいというのは無条件の愛を欲することだ

母親がかつて、自分の欲望の保護者であり、願いをかなえてくれる永遠の同伴者、でよき聞き手であったことだろう。

子供は泣いて母親に助けを求めるし、怒ることで、自分の満たされない欲求を表現している。

しかし、

われわれは最初にして最後の無償の愛を与えるものと別れを告げないといけない日が来る。

僕らは独り立ちして、死別を経験するだろう。

学校でも会社でも母親なしで我々は生きていかなければならない

愛されたい人たちは時に名誉に貪欲で、他人に耳を傾けるということを怠る

そして寂しさを募らせる

そしてある人は、我慢ばかりして疲弊するかもしれない。

愛されたいがゆえに我々はナルシストになる。自分さえよければいいと思って、対立や軋轢がしばしば集団内で起こりうる。

問題は愛されたいことをやめるのではなく、そうすることで現状の本質を見失ってしまうことである。

愛するためには理性的になり、公平で広範な視野で、事実を判断、思考する必要がある。

それが現実と向き合い、ありのままを愛することにつながるからだ。

 

 

 

 

 

 

誰か一人を愛する言葉出来ればいいという人もいる。

最愛、溺愛、純愛、情愛、、、、

愛にはどうやら差があるようだ。

愛の対象にに関しては、兄弟愛、母性愛、自己愛、エロチックな愛など向くべき対象は、それぞれ、男女関係なく愛は注がれるものだ。

愛の種類についてみていくここではナンパで絡んでくる

1、エロチックな愛

2、自己愛

を取り上げる

ひとえに愛するといっても形はそれぞれだ。

今回は厄介な部分だけ紹介し愛する方法論だけ説明したい。

 

自己愛

自己愛が強いというとナルシストっぽく見えるが

実は、自己愛が満たされているほうが健全なんです。

自己愛とは自分自身に向いている愛のことです。

自己愛が満たされていると、そのままでもいいっていう、自分への憐れみと確信を持てるようになります。

 

自己愛は一人では育ちません

自己愛を満たすためには、子供のころに無条件に愛された経験が必要になります

過去の養育者に十分に受け入れられたという経験が内在化してこそ、自分に自信をもつことができ、感情をコントロールできるようになります。

歪んだ自己愛を持つ人は養育者の関係において問題がある可能性が高いです。

父親を尊敬できなかったりとか母親が過保護すぎるとか、冷淡だったとか、何らかの形で子供の愛着を満たすことができずに、両親の期待に応えられるような行動をとり、もしくは自己破壊的な行動や、他者に攻撃的な態度をとることがある。

愛されることから愛するというように段階を踏んで、創造的な愛を実践できるように変化していく。それには年月がかかるが、最後には愛が自分の欲求を満たす手段以上のものではないという考えを克服します。

しかし愛されなかった人間においては愛することは傷つくことを要します。

彼らは賞賛を得たいがために、自己顕示欲丸出しな行動をするときもあれば

逆に傷つかないように他人の評価を避け人間関係の中で自分の意見を言いたがらなかったりする。

父親不在の家庭では子供は母親の受容を一心に渇望するばかりで、父親の理性的抑止力的な権威から、耐え忍ぶこと、自分で決断することを教わりにくく。

決断力のかける大人になりやすい。

 

エロチックな愛

 

男性のほうがこの傾向が強いのですが、エロチックな愛はお互いが完全に結合して、母親との分離を克服するという渇望のことを意味する。

その性質は愛と違って普遍的なものではなく二人だけの排他的なものである。

ロチックな愛は最も人を迷わせる愛の形をしている。

恋に落ちたカップルは急速に親密になる場面があるが、その性質からその恋はしばしば短命に終わる。

お互いをすでに知り尽くしているように見えて実はほとんど知られていなかったりする。

親密さはこの場合、性的交渉を通じて確立されるものである。

他の人間との分離を主に身体的な分離として経験し、それを身体的結合によって

分離を克服しようというのである

しかしこのような親密さは時がたつにつれて薄れていく。

人は目新しいものに目を向け愛を求めていくのである

性欲は愛によって刺激されることもあるが、

孤独への不安や、征服したい、されたいという望みにより、または滅ぼしたいという欲望にによっても刺激される。

愛は結合への欲求へと駆り立てることがあるが、同時に征服への欲望が性的願望を駆り立てることもある。

その場合には一時的にしか両社の分離が克服されず、同時に、疎遠になるのである。

確かに愛しているからこそ結びつくこともあり、それがやさしさの実践であるかもしれないが

エロは同時に独占欲を満たす手段として使われることがあり、

果たして愛情表現であるかという問題に一概に答えは出せない。

愛とは本質的には、すべての人間がみな等しく、一体であるような確信があり、愛する人が誰であろうと差異がないのである。

愛は意志による行為であり、欲望ではないのです。

それを愛だと勘違いしてただの独占欲からエロを求めてくるときは愛していないのかも知れません。

 

3、自分好き型ナルシストと自分嫌い型ナルシストがいる

ナルシストっって実は自分の自己愛が致されないために、それを自分一人で満たそうと躍起になっている状態のことを言います。ナルシストの典型な行動といえば、鏡屋、店内のガラスを見ては自分の見た目をチェックします。

男性のナルシストの心理は、人から褒められたり、認められることによって自尊心を保つことに快感を覚えます。

そのため、やっていないことなのにさもやっているかのように誇張表現をしてみたり嘘を平気でつきます。

常に自分がどう見られているかどうかばかり考えているために、他人に対して無関心であることが多く、このタイプは非常にコミュ障になることが多いのです

けっこう目立ちたがり屋はナルシストであることが多く、目に留まってしまがちですが、彼らはわざとやっているわけではないので、見守ってあげるかそっと距離を置くのが賢明です。

ナルシストは自信があって、ある方面からすれば安定した人間かもしれません。

しかし彼らは自己評価が高いために、些細な批判に傷ついてしまいやすいです。

傷つきやすいタイプにも実はナルシストな側面があって、自分は特別でありたいというような自己評価があります。

そのような認識がいつまでも続く保証はどこでもありません、天才なんてこの世にほとんどいません。急にお前は凡人だということがうすうす気づいてきたとき彼を構成していた自尊心は一気に崩れ去ります。

それも彼らナルシストが、自分について見つめなおし、それでも誰かからの賞賛なしに自分を肯定していく試練になる瞬間なのです。

ここで彼らは、目立つことに痛みを覚えます。なぜなら人から注目を受けたところで、人間として認められたことにはならないでしょうし、現実を見て、相手にされない寂しさも感じるからです。彼らは愛に飢え、愛を欲するが、それは今の自分では獲得できないことを知っていくのです。

そこで彼らは逃げるという選択をとります。

自分が嫌いと言って、人とかかわることを回避するタイプのナルシストが誕生します。

彼らは先ほどのタイプとま反対な性格をしています。

あんまり目立ちたくなかったり

相手の反応を以上に気にしたり

恥に敏感で傷つきやすかったり

うまく自己開示できなかったり

自分を好きでいてくれる確信のある人なら是非とも仲良くしたかったり

それだからこそ一人でいるのが平気なふりして、実は負けん気が強くて人気者にひっそりと嫉妬を抱いていたりするわけです

プライドに特に敏感で恥を感じる部分

・劣っている技能

・弱さ

・苦痛

彼らはそれらを隠すことばかり考えるために、人の話を聞かなかったりしますね。

自分のプライド守るのにいつも必死なので、人と本気でかかわることより、いかに回避するかを気にしておりそこらへんが自己中ナルシストなんですね。

親子共働きの日本社会では意外とこういうタイプが多いのではないでしょうか。

 

4、自虐的な己正当化

彼らはどうやって今まで目立ってきた自分自身を保つのでしょうか。

 

それは

 

自虐と正当化をすることによってです。

人に何かをするときでも自分をよく見せることばかりこだわってきたナルシストさん。

彼らは今度は人とかかわることに恐れを感じます。

いままで相手のことを考えていなかった分、彼らは人よりも人間関係が増えてであると気づいているし、引き続き愛されたいと思っているからです。

しかし、それはある程度すべての人に共通していることを知っているでしょう。

それも成長です

・彼らは今まで他人のことに無関心であり、自分のことを見て承認してくれる手段としかみていなかった。

・その反省を素直にすることができても、愛されたいという想いは独りよがりで、ふとした時に、相手に対してむき出しになってしまう。

・その独占欲を我慢しながら、人とかかわっていくなんてたえられないと思う。

プライドはもうズタズタで自分には無理だと自分に言い聞かせて自虐的になっていたほうが楽だと思うようになります。

そうすることで、自分が相手のことが分からないと自分に言い聞かせ、どうせ無理だ、分かり合えないんだとあきらめることによって、何もしないという行動の理由付けをして、自尊心をぎりぎりで保っているんです。

しかし、本心ではそう思っていないので、人間関係がうまくできないことに対してずっとストレスを感じているのになかなか行動できなかったりします。

しかし

よく考えてみましょう。

そこまで自虐的になる命令しているのは誰でしょうか?

 

はっきり言います。

認められないと存在価値がないと思っている自分自身ですよ。

じゃあ別に認められなくたって生きていればいいじゃないかって振り切れるのにはどうしたらいいんでしょうか?

 

5、愛されたいを愛するにするためにどうしたらいいのか?

では、愛されたいけど自分が恥をかくのが嫌でうまくかかわれなかったり、逆にアピールしすぎて相手を見ていない人はどのようにして人に愛されればいいのでしょうか。

冒頭でも申し上げたとおり、相手に愛を仕向けるように行動することは愛情とは言えないです。

ですが愛される経験が乏しい多くの人たちは愛することが難しいことも事実ですよね。

自分に殻に閉じこもってないでもっと周りと積極的にかかわりなさいとか、

もっと自己表現を押さえろと言っても、

無意識でそうしてるんだからやめられないし、

その間、人に好かれない経験もして、なんで好きになってくれないんだろうと落ち込んだりもすると思うのです。

素直になりなさいとか、

相手を尊敬しなさいとか、

明るくなれとか

言われても本質的な解決策ではないので、困ってしまうのがリアルでしょう。

そもそも愛されたいという依存的な欲求が、あなたの今を作っているのです。

だったら、欲求を緩和する方法を考えていくしかないじゃないですか。

僕自身も、2人兄弟の長男に生まれ、短気で当時は支配的だった父親と、ちょっぴり過干渉で心配性の母親に囲まれ、あまり承認を得られないまま成人しました。

僕からいくつか楽になれる方法を伝授します。

それは主に

・内省力を上げる

・些細な助けを求める

・本音で話す人間誰でもいいから作る

・想像力を磨く

・何もしない、何も考えない時間を作る

といった方法があります。

1、内省力を上げる

愛されたい症候群は人とかかわるとき、ちょっと変わったかかわり方をすると思うんですね。

ついつい自慢しっちゃたり、

逆に質問ばかりする側で自分は自己開示したくなかったり、

すぐに会話を終わらせたいと思っちゃったり、、、

どれも相手に対しての配慮が足りないんですよね。

僕は人と話すとつまらないと思おうんじゃないだろうかと思って、めっちゃ気を使ってるようで使っていなかったのですが、そう思って話すと、

そう思って話を聞いてしまうんですよね。

例えば自分が詰まらない人間だと思っていると

相手のちょっとした会話の間が自分が詰まらない人間の証拠であるように見えてきたりするんですね。

そうすると相手の話を客観的に相手の立場に立って話を聞くことができません。

だから、まずは自分が話しているときにどういう感情でどういう思考に支配されて相手とかかわっているのかを知っている必要があります。

嫌われたくないっていう思考を広げていくと、認められなければならないっていう思考の癖があるかもしれませんし、自分サイコーと思っている人には、普通じゃない人であらねばならないという思考があるのかもしれません。

自分を知ることは相手を知るより大事なことです、自分が安定していないと相手のこともわかりませんから。

 

内省力を高めるためには日記を書くのがお勧めです、朝頭がさえた状態で、思いつくままに日記を書いてみましょう。

いろんな課題や、得意なこと、好きなことが分かってきます。

自分が今どういう気持ちであるかも普段から眺めることがそのうちできるようになるので、落ち着いて物事を見れるようになります。

そうすると会話中の雑念も徐々にコントロールできるようになってきます。

一日三ページくらいが望ましいですが、忙しい方は朝毎日小さな手帳でもいいので1p日記を書いてみるのをマジでお勧めします。

 

2、何でもいいから助けてもらう

毎日人のありがたみを感じるのは人間への尊敬への第一歩です。

愛されないと思っている人は、自分の殻に閉じこもりがちです、だから些細なことでもいいので助けてもらう経験を増やすべきです。

道案内とかでもいいかもしれないですし、

スーパーの食材の配置を訪ねるのでもいいし、

ヒッチハイクするのでもいいです。

外国人観光客と一緒に写真を撮るのも面白いかもしれません。

道案内なんて僕は位置をわざと知らないふりしてやるようにしています(笑)

それなのにですよ

皆さんだいたい親切に道を教えてくれます。

中には一緒についてきてくれる人もいます。

美人の方に道案内してもらうのも最高なんで是非やってみほしいですね(笑)

 

そんなちっぽけなことで人が愛せるか!

そう思う方もいらっしゃるでしょう。

しかし

人の「好さ」というのは、してくれたこと大きさではではないです。どんな些細なことでも自分にしてくれたことには変わりないことを忘れてはなりません。

さらに、あなたはその日ばったり会った恩人に対して特にお返しなどしないだろうし、相手も見返りなんて求めずにあなたのために自身の数分間、時間を使ってくれている

これらの行為は親切心でされていることには変わりないですから。

 

3、本音で話す人を作る

これは結構難しいかもしれません、友達がいない方も少なくないでしょう。

そういう時はカウンセラーや、家族の方に相談しましょう

もっとも、愛されたいひとは、自分の本当の気持ちを隠していい子を演じたり、攻撃的だったりするので、ありのままを表現するのが苦手でもあります。

家族でも、昔の友人でもいいので、自分の悩みとか弱い部分を少しづつさらけ出せる相手を見つけましょう。

そんなのいねーよ!!っていうかたいると思います。

大丈夫です。

それなら僕でもいいのでなんでも悩みをぶつければいいと思います。あなたは一人ではないです。どこかに助けになってくれる人はいます。

コメントくだされば対応しますので。

マジです、僕はヒッチハイクやナンパを通してそれを知ることができました。

僕じゃなくても勇気をもって踏み出せば案外助けてくれる人もいるものです。

 

4、何もしない、考えない時間を作る

僕たちは忙しい日々の中、多くの時間を仕事に充てて、終わったら終わったで、テレビを見たり音楽を聴いたりタバコをふかしたり、みそ汁飲んだり、いろんなことをしながら体をとにかく止める時間がないです。

そして仕事になっても、人から言われたことを、そのままやり、相手のはやりに合わせた話題を用意したり、組織のために都合がいいことばかりやることも多くなります。

うまくやらないといけない、置いて行かれる、早くやらないといけない、効率よくやらないといけないと、焦る気持ちもありいつも余裕がありません。

あれもやらんとおれもやらないといけんわーって頭の中がうるさくなります。

休日も落ち着かなくなって、テレビをつけながら、音楽聞いてたりとか何かしてないと落ち着かない人が多いです。

結構ストレスになるんで、考えない時間を取り入れたほうがいいです。

そういう時は瞑想がお勧めです。

足を崩して胡坐をかいて座ります

両ひざに掌を上に向けておき、親指と人差し指で丸を作って置き、背筋を伸ばして斜め上に顔を向けるようにして座ります。

自分の呼吸を意識しながら七秒で息を吸いゆっくり息を吐くことを繰り返します。自分の呼吸を意識してみましょう。

普段の気持ちを切り替える体験によって、自分の感情をコントロールできるようになります。

海外の研究で瞑想により共感力が上がるという驚きの結果も出ているようです。

 

5、想像力を鍛える

人間関係においては相手が何でそういうことを考えるのかをくみ取って話す必要があります。

しかし、愛されたい思いが強い人は、なかなか難しいと思います。相手はこういうことがあったからこういうことを言ってるんだなって想像する力も必要です。

そこで小説映画は大活躍します。

一つの登場人物の発言にはいろんな意図が含まれています。

なんで、こういうセリフ何だろうって問いを立てていくと、相手の発言の意図も考えられるようになってきます。

小説はゆっくりでもいいので少しづつ読んでいきましょう。いろんな感情が絡み合っている場合も小説は多いので、いい特訓になります。映画では俳優の話し方や表情からいろんなことを学べるはずです。

表現のレパートリーも語彙力も上がるので超お勧めします。

 

6、最後は覚悟を持って生きているかが問われる

愛されたいと思うのは人間だれしもありうることですが、その願望ばかりが強くなると、現実とのギャップに苦しむことになりかねません。ナルシストな人間は、特に理想的な自分を想像して、自己陶酔しやすいのです。

理想を描くことはとてもいいことですが、いきなり大きな目標を立てると、口だけの人間になってしまいますよね。

イチローになりたいというのは確かに素晴らしいですが、そのために何ができるのかと考えたところ、リトルリーグに入ったり、毎日1000回素振りするとか、結構難しい目標を掲げて挫折して落ち込むのです。

彼らの目標設定は人から見られていいか悪いかという基準なので、うまく行きにくいです。

何度も言いますが目標を立てることは悪いことではないんですが、人から賞賛されたいとかそういう視点で選ぶのではなくて、自分がわくわくする道を自分で選んでみてください

愛されたい症候群にとっては、それはしんどい選択になります。

誰かに認められるから、何がかっこいいかで選択肢を出すときりがないですし、これも自分にはふさわしくないからと足踏みしがちなのです。

その道に行くと現実を突きつけられことにもなるからです。名誉や地位がある人間はほんの一握りであり、運や、絶え間ぬ努力によってそれを手に入れてきたのです。

夢を抱いてもかなわなかった人はたくさんいます。

それでも彼らも彼らなりに幸せに生きることができています。

愛されたい症候群の人は、現実を生きる中で自分の無力さや、弱さ、寂しさ、みじめさが遅いかかってくることが絶対どこかであると思います。

愛してくれなかった親もいつかは死んでいきます。

誰かに依存したくなったりするでしょうが、それでいれば自分の人生をいつまでも歩むことはできないのです。

それでも一人で生きていかないといけないのです。

最終的には生きることに覚悟を持っていかなければなりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思ったことを書いてみる

思ったことを書いてみる

  1. 目次
    1. 1,ナンパ師との出会い
    2. 2,彼と出会い、そして、立ち飲み屋で飲んだ。
    3. 3,その時のナンパは楽しくなかった
    4. 4,見えてきたもの

1、ナンパ師との出会い

僕は今日挫折を味わった。 今日はとあるナンパ師と一緒に、ナンパに出かけた。 彼を一言で言い表すのであれば、優秀で、トーク力にも優れ、誰よりも努力していた。自分のことを話さなくても、勝手に周りから興味を持たれるような不思議な人だった。 今回の体験を一言で言い表すならば、 苦しい。 あるナンパ師のアシストによって、僕は、二人の女性と、クラブに行くことができた。 それはとてもありがたいことでたくさん学びがあったと思う。 彼のいうことには、行動が足りないということだ。かれは高校生の時に起業していて、たまたまうまくいって、いま何万円も稼いでいるそう。 はっきり言って化け物だと思う。 彼のいうことには、行動が足りないということだ。かれは高校生の時に起業していて、たまたまうまくいって、いま何万円も稼いでいるそう。 彼は、いつでもナンパできるはずなのに、今日は、わざわざしたくない夜まで、残ってくれていた。 最後まで、人との会話を楽しんでいて、誰とでも仲良くできてそれでいて聞き上手だ。 彼の発言を振り返ってみると、それはテクニックではなく、本当に誰かに人間に感謝できる人間だと思った。 小手先の能力ではなく、色んな経験を積んできていて、彼は、乗り越えてきたんドと思う。

2、彼と出会い、そして、立ち飲み屋で飲んだ。

僕はナンパ講師の彼と、立ち飲み屋さんで、最初にコンタクトをとった。 彼が最初に僕にした提案内容は、 1、僕と仲良くなって友達となること 2、連れ出しを成功させる 3.忘れた。 本題に入ると、自分自身のpナンパに入る万台の話だ。 彼とはナンパの立ち飲みでは、色んな悩みを話した。 うまく人と話せないことや、他人の目線が気になること、 人の目が気になると。 おれはけっきょくだれともやれおれはけっきょくだれともやれなかった。 パリピともお前はノリ悪い奴だよという意見を遠回しにもらった、彼らは本当に俺を交えて童貞を卒業させようとしていた、ナンパ師さんだってそうだと思う。 でも俺自身は本当に童貞を捨てたいと思っているのだろうか 話してみれば、彼女も普通の人間だということが分かった。全然悪口も言わないし、おそらく二度と会うことがなくとも、 確かにやさしい、頼さんが圧倒的なだけだった、彼は誰とでも話に行くことができていた。 あれにはなれないと一緒にいるといつも思ってしまう。 思ったら彼のナンパ歴は何年だ、彼は17年ナンパをやっているんだぜ。 それはわかる、どう考えてもうまいに決まっている。 でも自分は17年ナンパをやっていうという壮絶なバックグラウンド、お持ち帰れなかった、うまく話ができなかった、バカにされた、などという経験を一切ないようにして、 確かにやさしい、頼さんが圧倒的なだけだった、彼は誰とでも話に行くことができていた。正直頭いいんじゃないかって思う。 まったくまとまっていないとまったくまとまっていないと覆う。

3,その時のナンパは楽しくなかった

おれは、結論としてナンパは向いていないとか、そういう指摘を受けたわけではないのけれど、ナンパを楽しんでいないと思う。 何もかもが楽しくなくなった、世界が本当に暗黒でどこにも抜け道がないような絶望感に、身を打ちひしがれ、それでも何もできず、なおも立ち上がろうとする。 ぼくはそれがともかくつらくて、その暗闇から抜け出したいのに、抜け出せないのだ。 誰から手を引っ張られようとだれから熱量をもらても、僕はこの暗闇から一向に差し込む光から出口を見つけて、抜け出す糸口に全く希望を見出さないのだ。 もっぱらただいま鬱々しく、自分のダメなところばかりが、浮き彫りにされる。 強烈にえっちしたくない、、、 強烈にえっちしたくない、、、 ナンパはエッチできてなんぼの世界であるのに、それをやるのがなんだかいやだなと思う。 ただ友達が欲しいだけでナンパをしているだけなんだけど、友達だって選びたいなって思う。 かわいくって 面白くって 考え方が共感出来て 勉強になって 人の悪口言わなく これらを全部まとめてみたら、自分に何か与えてくれる人が欲しかったみたい。 だからこそ、その交換条件として、自分が他人を笑わしているのかもしれない。 愛のないセックスをもとめていることと大して変わらないじゃないか それでナンパしに行くっていう流れができる。 初回講座ではなんでナンパしたいのかという議論になった。 そのナンパ師は、なぜ生きているのかという答えに対して、種の繁栄のためと答えた。 こうやってナンパをして人から認められたい、と思うからなのは否定しない。 ではそもそもそれが必要なのかと言ったら、そうすることで、子供を作り、種として繁栄するためだと言っていた。 それは社会的な動機にとどまらず しっかりご飯を食って、睡眠をとることで、体の機能をできるだけ長期にわたって維持することで、メスとの子供の養育生活を健全に営むため。 全ては性欲のため?野蛮じゃんか? そんなもののためにあなたは生きているのか?質問したくなった。 人間の三大欲求には、性欲食欲睡眠欲を形成するその、究極的な生を行うためという回答。 そういうことかと思った。 彼はナンパのできる、経営者であったが、より「生」に近い生き方をしているように思える。 よりよく生きることは彼は多少リスクをとっても必要不可欠だと知っているのであろう。 りすくをとるのはそれが自分が一番オスになれるからだというマインドで彼は人と話すし、仕事もやるし、海外旅行もする。 雄であるために必要なことは、それを作るライフだ。no life no dandy ダンディーになるために、我々は仕事を選び、いい食事をし、いい知識を蓄え、いい人間と出会い、語り、成長していく。 もちろんダンディーにはたくさんの定義があるだろう。 そのなかで適材適所に答えを出していき。男像を完成させていく。

4、見えきたもの

僕はコミュニケーション能力が低い。 しかし、文章だといろんな言葉が思いうかび、意外と言葉にできる人なんだと思うことがある。 会話は、内容の方向性、人と人との関係性に分かれると思う。 それに比べて文章は言語のみで表現するので会話よりもシンプルに伝えることができる。 文章だと圧倒的自由で、自分が言葉を連ねている間に、誰も口をはさんでこない。 だから自由。 ナンパ師の方には、こっちのほうでセンスがあるのかもしれないという指摘を受けた。 いいところと悪いところ、両方を絡て指摘してくれると、なんだか、この人素直な人なんだなって思ってしまいました。 ナンパ師さんは僕に、友達のような関係でいたいと言ってくれました。 かれは、直接的にそのテクニックを教えてくれるわけではなかったけれど ジェスチャー 褒め上手 相手が喜ぶことを言う。 これがまず本当にできているのかという問題がある。 彼が少し、ほかの大人と話してい時には、かなりイラっとした。 僕がお金を払って、 僕がお金を払って、それでナンパができると思っていたんですが、やってるいることはどうも即を意識した、関係性を向こうが作ろうとは思っていなかったように思われる。 だから、もっと女の子と話しまくりてーなと思っていたので、そうしなくて勝手にいろんな人と仲良く話しているナンパ師の先生にはらがっ立った。 この人は自分に対して何かしてあげようという気持ちはあるのかなって考えてしまった。 僕はかまってちゃんになってしまったんだと思う。 愛されたい ただ純粋にそう思っていた。 もっとほしい、もっと欲しいと思っていると ふとした人の優しさは、確かのその場にいくらでもあるのに それが当たり前だと思って、ありがたみをわかっていない。 今こうやって出会えた人は、ナンパ師さんと会うことによって出会えた人たち。 その人がくれた、人と出会い話せる時間、みんなで笑顔になる時間は、簡単に手に入るものだろうか。 ありがとうとい言葉を本当に使わない人間だと自分は思っていた。 その言葉を当たり前のように使える人はすごい、僕にとってその言葉は本当に有難かったなって思ったときにしか出てこないからだ。 僕は、人と話してもそれを受け入れていないという節がある。 ダメなところは特にそうです。 そういう指摘をしてくれる人ってめったにいないんですよ 質問の仕方が雑だったり。 大人ぶってみたり 笑わないし 着地点を考えてはなしていない ありがとうを心から言わない ポジション下なのに上を見上げならこうしろああしろという 会話の当事者になるというよりかは、斜に構えて人を見ている。 彼以上にどうしたらいいかわからあいということが分かってる。 文章の才能があるかもしれないからもっとやったほうがいい。 こんなこと言ってくれる人をこの三日間で何人も出あってきた。 ちゃんと人を見てくれたんだと、感心するばかりだ、僕がどれだけ彼らの短所や、長所を見抜けていただろうか。 僕もナンパ師の長所を発見することができた。 人に関心を持っている 仲間のために怒ってあげられる 自分の経験を分析している。 面白さを追求している 聞き上手である。 信念がある。 比喩を用いて話すことができる。 正直で素直である。 見えないわけではなかった。 むしろ見えていた。 彼にはなれないかもしれないが、彼から取り入れられるものを、取り入れてい けばよかった。 人に好かれたい、そのために必要なのは、愛を持って接することだ。 友達のために怒ってくれる人 友達のために聞いてくれる人 友達のために努力する人 友達のことをよく知っている人 友達のために時間をさける人 人と好かれるために何ができるかという考え方は実は表面的なテクニックでしかない。 人を好きになればそれは態度に現れる、人が好きじゃない人も態度にでる。 その両者と相対したときに、ああ、この人とかかわりたいと思うのは前者ではないだろうか。 人が浮きだろうか? 今、人に対して興味を持っているか、効率ばかりでやってはいないか? いろんな疑問を、人に対してできるか? 別に人間性だけに興味を持つのではなく、その人が持っている、もの、経験など様々なことに関心を持つこと、これが大切だ、 好かれたいで動いては、むしろ人は遠のいていく、それは対等な関係ではない。 対等というのは、相手を尊敬するすることだと思う。 最後に僕は投資家に出会った、プログラミングをやっていて、自分がうフロントを作るという話をしていたら、バックもやったほうがいいよ、とか、若いうちは勉強しろよ。 という言葉もいただいたし、高めのバーに誘てもらった。 最後はそのナンパ師さんと別れ彼と家で少し飲むことになる。 本当に楽しかった。 最初はばーで英会話をしたいと思って絡んできた。 最後にバンゲできたのがこの40代男性だ。 バンゲ交換できたのは 初日にバーで二件目まで行ったお姉さん。 そして、バーで出会ったおじさん この二人だけだったが、いい感じの関係を築くことができたと思う。 それは自分自身もどこかでその人たちを尊敬し、共感できたからなのかなと思っている。
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連れ出しが成功できた、初めての日

こんにちは

今日はなんと

バンゲ交換せずに

そのまま連れ出しに行けました。

彼女が暇だったというのもあるのですが、うまく一緒にお店回ってお酒を飲むまで行くことができました。

振り返ってみることにします。

最終的にスマホを持ってきていないというやらかしをしてしまったので、バンゲ交換できなかった。

idは聞いたのですが、多分検索で入れてみてもヒットしなかった。

おそらく嘘を教えられたのであろうか、嘘を教えているんじゃないのかと聞いたら、ほんとだよと返答されたが事実は全く違ったようだ。

もしかしたら検索しても引っかからないように設定されているのかもしれない。

それがとても残念でならない。

あまりかわいくはなかったけど、話していてとてもいいなって思った女の子だった、初めて連れ出しに成功して浮足立っている非モテマインドがそうさせるのかもしれない。

和みは圧倒的に足りていなかったと思う。

名前をきかれて向こうから名乗ったが、それもそれで偽名である顔しれない

と連絡先を交換できなかったくらいでいろいろ悲観視してしまっている。

もう会えないのかと思うと寂しいがそれがナンパの醍醐味だと思う。

声掛けはいつものように褒めからはいってみた。

こんにちは、夕日が似合いますね。黄昏てました?

いいえ。いま行く当てがないんですよー

迷子ですか?

いえw違います。

友達の家に来たんですけど、友達が仕事で日中はいないから、海に来たんです。

駅から降りてきたんですか?

そうです。

めっちゃ歩いてるやん

歩くの好きなんで

じゃあまだ歩ける?

歩けます。

どこから来たの?

長崎です。

魚うまいところやん、何がうまいっけ?

フグですね

おーうまそう。

なんて割と何気ない会話で、ビールまで行けたわけですが、

結構聞いたら答えてくれる子で、ときどき自分の弱さ、主に容姿などあまり優れていないことを打ち明けてくれたし、結構和んできたこともあった。

そういった場合には、褒めつつ、相手を受容することをしてきた。

服装はパーカーに白いロングスカートが似合うかわいらしい人だった。

もう会えないことが分かっているので、もう気にしないようにする。

今日もナンパ行くぞー