思ったことを書いてみる

  1. 目次
    1. 1,ナンパ師との出会い
    2. 2,彼と出会い、そして、立ち飲み屋で飲んだ。
    3. 3,その時のナンパは楽しくなかった
    4. 4,見えてきたもの

1、ナンパ師との出会い

僕は今日挫折を味わった。 今日はとあるナンパ師と一緒に、ナンパに出かけた。 彼を一言で言い表すのであれば、優秀で、トーク力にも優れ、誰よりも努力していた。自分のことを話さなくても、勝手に周りから興味を持たれるような不思議な人だった。 今回の体験を一言で言い表すならば、 苦しい。 あるナンパ師のアシストによって、僕は、二人の女性と、クラブに行くことができた。 それはとてもありがたいことでたくさん学びがあったと思う。 彼のいうことには、行動が足りないということだ。かれは高校生の時に起業していて、たまたまうまくいって、いま何万円も稼いでいるそう。 はっきり言って化け物だと思う。 彼のいうことには、行動が足りないということだ。かれは高校生の時に起業していて、たまたまうまくいって、いま何万円も稼いでいるそう。 彼は、いつでもナンパできるはずなのに、今日は、わざわざしたくない夜まで、残ってくれていた。 最後まで、人との会話を楽しんでいて、誰とでも仲良くできてそれでいて聞き上手だ。 彼の発言を振り返ってみると、それはテクニックではなく、本当に誰かに人間に感謝できる人間だと思った。 小手先の能力ではなく、色んな経験を積んできていて、彼は、乗り越えてきたんドと思う。

2、彼と出会い、そして、立ち飲み屋で飲んだ。

僕はナンパ講師の彼と、立ち飲み屋さんで、最初にコンタクトをとった。 彼が最初に僕にした提案内容は、 1、僕と仲良くなって友達となること 2、連れ出しを成功させる 3.忘れた。 本題に入ると、自分自身のpナンパに入る万台の話だ。 彼とはナンパの立ち飲みでは、色んな悩みを話した。 うまく人と話せないことや、他人の目線が気になること、 人の目が気になると。 おれはけっきょくだれともやれおれはけっきょくだれともやれなかった。 パリピともお前はノリ悪い奴だよという意見を遠回しにもらった、彼らは本当に俺を交えて童貞を卒業させようとしていた、ナンパ師さんだってそうだと思う。 でも俺自身は本当に童貞を捨てたいと思っているのだろうか 話してみれば、彼女も普通の人間だということが分かった。全然悪口も言わないし、おそらく二度と会うことがなくとも、 確かにやさしい、頼さんが圧倒的なだけだった、彼は誰とでも話に行くことができていた。 あれにはなれないと一緒にいるといつも思ってしまう。 思ったら彼のナンパ歴は何年だ、彼は17年ナンパをやっているんだぜ。 それはわかる、どう考えてもうまいに決まっている。 でも自分は17年ナンパをやっていうという壮絶なバックグラウンド、お持ち帰れなかった、うまく話ができなかった、バカにされた、などという経験を一切ないようにして、 確かにやさしい、頼さんが圧倒的なだけだった、彼は誰とでも話に行くことができていた。正直頭いいんじゃないかって思う。 まったくまとまっていないとまったくまとまっていないと覆う。

3,その時のナンパは楽しくなかった

おれは、結論としてナンパは向いていないとか、そういう指摘を受けたわけではないのけれど、ナンパを楽しんでいないと思う。 何もかもが楽しくなくなった、世界が本当に暗黒でどこにも抜け道がないような絶望感に、身を打ちひしがれ、それでも何もできず、なおも立ち上がろうとする。 ぼくはそれがともかくつらくて、その暗闇から抜け出したいのに、抜け出せないのだ。 誰から手を引っ張られようとだれから熱量をもらても、僕はこの暗闇から一向に差し込む光から出口を見つけて、抜け出す糸口に全く希望を見出さないのだ。 もっぱらただいま鬱々しく、自分のダメなところばかりが、浮き彫りにされる。 強烈にえっちしたくない、、、 強烈にえっちしたくない、、、 ナンパはエッチできてなんぼの世界であるのに、それをやるのがなんだかいやだなと思う。 ただ友達が欲しいだけでナンパをしているだけなんだけど、友達だって選びたいなって思う。 かわいくって 面白くって 考え方が共感出来て 勉強になって 人の悪口言わなく これらを全部まとめてみたら、自分に何か与えてくれる人が欲しかったみたい。 だからこそ、その交換条件として、自分が他人を笑わしているのかもしれない。 愛のないセックスをもとめていることと大して変わらないじゃないか それでナンパしに行くっていう流れができる。 初回講座ではなんでナンパしたいのかという議論になった。 そのナンパ師は、なぜ生きているのかという答えに対して、種の繁栄のためと答えた。 こうやってナンパをして人から認められたい、と思うからなのは否定しない。 ではそもそもそれが必要なのかと言ったら、そうすることで、子供を作り、種として繁栄するためだと言っていた。 それは社会的な動機にとどまらず しっかりご飯を食って、睡眠をとることで、体の機能をできるだけ長期にわたって維持することで、メスとの子供の養育生活を健全に営むため。 全ては性欲のため?野蛮じゃんか? そんなもののためにあなたは生きているのか?質問したくなった。 人間の三大欲求には、性欲食欲睡眠欲を形成するその、究極的な生を行うためという回答。 そういうことかと思った。 彼はナンパのできる、経営者であったが、より「生」に近い生き方をしているように思える。 よりよく生きることは彼は多少リスクをとっても必要不可欠だと知っているのであろう。 りすくをとるのはそれが自分が一番オスになれるからだというマインドで彼は人と話すし、仕事もやるし、海外旅行もする。 雄であるために必要なことは、それを作るライフだ。no life no dandy ダンディーになるために、我々は仕事を選び、いい食事をし、いい知識を蓄え、いい人間と出会い、語り、成長していく。 もちろんダンディーにはたくさんの定義があるだろう。 そのなかで適材適所に答えを出していき。男像を完成させていく。

4、見えきたもの

僕はコミュニケーション能力が低い。 しかし、文章だといろんな言葉が思いうかび、意外と言葉にできる人なんだと思うことがある。 会話は、内容の方向性、人と人との関係性に分かれると思う。 それに比べて文章は言語のみで表現するので会話よりもシンプルに伝えることができる。 文章だと圧倒的自由で、自分が言葉を連ねている間に、誰も口をはさんでこない。 だから自由。 ナンパ師の方には、こっちのほうでセンスがあるのかもしれないという指摘を受けた。 いいところと悪いところ、両方を絡て指摘してくれると、なんだか、この人素直な人なんだなって思ってしまいました。 ナンパ師さんは僕に、友達のような関係でいたいと言ってくれました。 かれは、直接的にそのテクニックを教えてくれるわけではなかったけれど ジェスチャー 褒め上手 相手が喜ぶことを言う。 これがまず本当にできているのかという問題がある。 彼が少し、ほかの大人と話してい時には、かなりイラっとした。 僕がお金を払って、 僕がお金を払って、それでナンパができると思っていたんですが、やってるいることはどうも即を意識した、関係性を向こうが作ろうとは思っていなかったように思われる。 だから、もっと女の子と話しまくりてーなと思っていたので、そうしなくて勝手にいろんな人と仲良く話しているナンパ師の先生にはらがっ立った。 この人は自分に対して何かしてあげようという気持ちはあるのかなって考えてしまった。 僕はかまってちゃんになってしまったんだと思う。 愛されたい ただ純粋にそう思っていた。 もっとほしい、もっと欲しいと思っていると ふとした人の優しさは、確かのその場にいくらでもあるのに それが当たり前だと思って、ありがたみをわかっていない。 今こうやって出会えた人は、ナンパ師さんと会うことによって出会えた人たち。 その人がくれた、人と出会い話せる時間、みんなで笑顔になる時間は、簡単に手に入るものだろうか。 ありがとうとい言葉を本当に使わない人間だと自分は思っていた。 その言葉を当たり前のように使える人はすごい、僕にとってその言葉は本当に有難かったなって思ったときにしか出てこないからだ。 僕は、人と話してもそれを受け入れていないという節がある。 ダメなところは特にそうです。 そういう指摘をしてくれる人ってめったにいないんですよ 質問の仕方が雑だったり。 大人ぶってみたり 笑わないし 着地点を考えてはなしていない ありがとうを心から言わない ポジション下なのに上を見上げならこうしろああしろという 会話の当事者になるというよりかは、斜に構えて人を見ている。 彼以上にどうしたらいいかわからあいということが分かってる。 文章の才能があるかもしれないからもっとやったほうがいい。 こんなこと言ってくれる人をこの三日間で何人も出あってきた。 ちゃんと人を見てくれたんだと、感心するばかりだ、僕がどれだけ彼らの短所や、長所を見抜けていただろうか。 僕もナンパ師の長所を発見することができた。 人に関心を持っている 仲間のために怒ってあげられる 自分の経験を分析している。 面白さを追求している 聞き上手である。 信念がある。 比喩を用いて話すことができる。 正直で素直である。 見えないわけではなかった。 むしろ見えていた。 彼にはなれないかもしれないが、彼から取り入れられるものを、取り入れてい けばよかった。 人に好かれたい、そのために必要なのは、愛を持って接することだ。 友達のために怒ってくれる人 友達のために聞いてくれる人 友達のために努力する人 友達のことをよく知っている人 友達のために時間をさける人 人と好かれるために何ができるかという考え方は実は表面的なテクニックでしかない。 人を好きになればそれは態度に現れる、人が好きじゃない人も態度にでる。 その両者と相対したときに、ああ、この人とかかわりたいと思うのは前者ではないだろうか。 人が浮きだろうか? 今、人に対して興味を持っているか、効率ばかりでやってはいないか? いろんな疑問を、人に対してできるか? 別に人間性だけに興味を持つのではなく、その人が持っている、もの、経験など様々なことに関心を持つこと、これが大切だ、 好かれたいで動いては、むしろ人は遠のいていく、それは対等な関係ではない。 対等というのは、相手を尊敬するすることだと思う。 最後に僕は投資家に出会った、プログラミングをやっていて、自分がうフロントを作るという話をしていたら、バックもやったほうがいいよ、とか、若いうちは勉強しろよ。 という言葉もいただいたし、高めのバーに誘てもらった。 最後はそのナンパ師さんと別れ彼と家で少し飲むことになる。 本当に楽しかった。 最初はばーで英会話をしたいと思って絡んできた。 最後にバンゲできたのがこの40代男性だ。 バンゲ交換できたのは 初日にバーで二件目まで行ったお姉さん。 そして、バーで出会ったおじさん この二人だけだったが、いい感じの関係を築くことができたと思う。 それは自分自身もどこかでその人たちを尊敬し、共感できたからなのかなと思っている。
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2 件のコメント

    • こんばんは、徹さん、日程や場所の要望が合いましたら一緒にできますよ。メールを送ったので確認していただけると幸いです

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